2018年4月14日土曜日

虎姫キャンディーズで思うこと

久しぶりに友人と「虎姫一座」に出かけた。5年ほど前に、このブログで紹介したことがあるが、浅草で昭和歌謡ショーを楽しませてくれるショーレストランである。

以前は「シャボン玉ホリデー」ザ・ピーナッツを絶賛したが、現在は「キャンディーズ微笑返し」編である。虎姫一座が踊りながら歌う「年下の男の子」を、とんでもない年上の中年の男の子が拍手喝采。当時を懐かしむオヤジ達には堪らない演出である。

ここの客層も少しずつ変化している。「虎姫一座」は当初、エノケン、笠木シズコの昭和初期ファンから、1950年代、1970年代へと戦略的にターゲットをシフトしている。TV業界の懐メロ番組も同様で、今は50代以上へと変化している。

当時、爆発的人気の「キャンディーズ」は、アイドルファンを大学生まで拡大し、ヒット曲を連発した。虎姫一座で知ったのだが、解散宣言後、ランちゃん、スーちゃんの後押しで、ミキちゃんがセンターをつとめた曲「わな」の誕生エピソードも3人の絆を感じる。

最後のシングル「微笑返し」は、楽譜初見でリハなしという実力勝負で、見事な出来栄えと惜別するスタッフ一同は涙、涙の収録だったそうだ。

3人は前もって絶頂期での解散を決めていて、その人柄と、わずか4年半の生き様も潔く、いまだに多くのファンを魅了し続けている。そのキャンディースが解散して40年が経つ。1978年昭和53年4月、彼女達は惜しまれながら「普通の女の子」に戻っていった。

楽しく迎える老後の世界


私は当時大学4年も終わり、友人といった「合歓の里」で、キャンディーズの解散コンサートの合宿に出くわした記憶が鮮明だ。そこから会社員人生が始まったが、案の定、仕事漬けとなり、完全に浮世の世界とは隔離され、芸能関係は無知となる。

36年の激動のカネボウ時代を経て、現在は成長著しい「フュージョン株」で充実の41年目を迎えている。優秀な社員たちからも優しく敬老?頂き、幸せ者だと感謝している。

皆さんにとっても重要なシニア市場、東京オリンピックの2020年には65歳以上の33%が一人住まいとなってしまい、2025年には国民の3分の一が65歳以上で、75歳以上は五分の一になる。これは人類史上経験のない「超高齢化社会」に突入することになるのだ。

楽しい超高齢化社会に向け努力すべきは、以前にも述べた「今日、行くところがある・きょういく」と「今日、用事がある・きょうよう」への探求心と、その実現なんだな。

昭和53年風景と岐阜配属時代








2018年3月17日土曜日

昭和のにおい

平昌冬季オリンピックでは、開催国の人とパワーが、ライブで世界に評価される事を痛感した。そして、一気に東京オリンピックの責任と期待が高まる。これを機に我々が、開催国としてのプレッシャーを感じることは悪いことではない。

日本の復興を世界中が認知した1964年東京オリンピック。昭和39年のことである。私は小学3年。裸足のランナー・エチオピアのアベベや、柔道無差別級・オランダのへーシングが優勝したのは今でも覚えている。日本はレスリング、柔道、体操などの大活躍で29個のメダルを獲得してソ連、米国に続き世界3位の獲得数を誇った。

次なるイベント、大阪の日本万国博覧会(大阪万博)が1970年、昭和45年のことで、中学3年の修学旅行が万博だった。大変な混雑で米国館の「月の石」は拝めず、太陽の塔の下で暑くて座り込んでいた。6ヶ月で643万人の来場者と、最先端の建造物とインフラ整備は「日本ここにあり」と誇らしかった思い出でもある。

男前の楽しき昭和時代


ツギハギの古着が、新品に替わる高度成長の大量消費時代から、オイルショックで「天然資源は有限」を実感。ファミコンは子どもの娯楽を大転換させ、今までの価値観を失うバブル期。それも土地神話崩壊と共に泡と消え、不景気の厳しい時代に突入。昭和後期は庶民も企業も、激動の時代を乗り越えてきた。

子ども達にこんな話をすると、興味深々で質問攻めにあう。教科書の世界を体感した「生きた化石」を見る眼差しは、少し複雑だが案外嬉しそうな自分もいる。

子ども達には、私の「昭和言葉」も意味不明らしく、えもんかけ・ズック・背広・ちり紙などは?死語だそう。私が『「背広」を「えもんかけ」に掛けて「コールテン」の「ズボン」と「チョッキ」を羽織って「床屋」に行く』と話しても、平成生まれには全く通じないので要注意。これに違和感ない方は、私と同じ昭和のにおいだ。

今は平成30年。人口25%の31歳未満の方は既に昭和を知らない。まさに「昭和は遠くなりにけり」であるが、子どもの頃はのんびり、おおらかで「向こう三軒両隣り」は親戚同様で、不便を不便とも感じない昭和時代であった。

昭和時代の、手紙・固定電話・集金・ノートにメモの文化から、スマホ・PC・電子化・AIなど、ツールと仕組みは劇的に進歩したが、不思議と日々の忙しさや煩雑さは変わらない。技術の進歩の効果・効率化の追求は、かえって業務を拡大させている。

多様性と個人を重んじる社会では、管理者に従来のマネジメント以上の緻密さと柔軟性を必要とさせる。その為にも絶対に外せないのは「あなたに従う・あなたの為に」と思わせる人間的魅力と、強いリーダーシップが前提となることだ。昔から不変なこと。

「あたりまえだの」苦楽化(クラッカー)は、昭和も今も、判断・同意・承認は「人」が「人」にするしかない。伝統と革新「不易流行」は「人が根っ子」で成り立つのだ。

昭和の良き思い出、古っ。










2018年2月17日土曜日

安田学園柔道部2018①

2018年早々「全国高校柔道選手権大会」東京都大会が開催された。個人戦は各階級1名、団体戦は上位2校が全国大会に進む。安田学園柔道部は健闘したが惜しくも3位で終わり、優勝の国士舘と準優勝の足立学園が全国進出を決め、安田は補欠校となった。

国士舘、足立、日体荏原、修徳が東京シード4強といわれて久しいが、今回、安田学園がその構図を変えた。この安田の動きに他校も黙ってはいない。ライバル校は相手メンバーの階級、得意技、弱点の分析と攻略法を念頭に、練習と身体作りを仕込んでいる筈だ。

安田の新3年生は重量級揃いだが、新2年生は実力者だが重量級選手が少ない。どうしても5人の団体戦では「重くて強い」選手が揃っている方が有利である。

たしかに軽量級選手が、重量級から一本とる爽快感はある。しかし階級差にも限度があり、出来るなら「食いトレ」で体重を増やし各自の階級を上げたいものだが、軽量級選手は体脂肪率が数%台の筋肉質と、それに合う胃袋なので大変な荒行である。

もとから大喰らいの息子は、中学3年「81kg階級」から高校1年後半で「100kg階級」に上げられたが、一般的には練習で体重が2~3kgは落ちるので、維持する以上のカロリーを摂取しないと体重増加に転じない。まして、肥満体は不要で、ついた脂肪を筋肉に換えて絞り込み、また増量の連続なので、まさに「食い続ける意志と胃袋」も必要だ。

逆に階級を下げるのも大変である。痩せるだけの食事制限でなく、本来の動きやパワーを損なわない栄養とトレーニングが前提になる。理想は、少し階級上限超えの体重とパワーで、少し減量(絞る)でパス!だが、現実はそんな簡単にはいかない。柔道に限らず階級制の競技は、自分との戦いも並行するので、その分厳しいのかもしれない。

花は一瞬にして咲くのではない、花は一筋に咲くのだ。



安田学園柔道部の次なる目標は、夏の総体(インターハイ)都大会で、個人戦各階級優勝と、団体戦で上位2校に入り全国大会に進むことだ。新3年生は7月の金鷲旗大会、8月の総体インハイで全国規模の大会は引退となる。途中、予選負けでは終わりたくない。

5月26,27日の都大会個人と6月10日の団体戦に向けて、体調と体重の自己管理、技の研究、持久力、筋力、体幹の鍛錬など、安田柔道部の再始動は熱くなってきた。
川合先生作成のスケジュール表は「残り110日、109日・・」と日別に記され、寒稽古、出稽古、講道館、春休みの関西遠征など行動計画も余念が無い。目指せ!全国大会だ。

安田気質は「強制的にやらせる」でなく「自主的にやる」だ。「手抜きやズル」も「一途や真面目」も己の裁量である。自らの課題の克服に一日一日を過ごし切るだけである。

「一途な彼ら」を見守るだけの私が、今出来るのは、先人が残した真理「珠玉の言葉」の伝道と、子どもたちの報告に耳を傾けるだけである。

一途な安田の面々と、大喰らいの階級変化模様









































2018年2月1日木曜日

にんげんりょく

スマホを離せない人が当たり前のようだ。電車でスマホ、会社ではPC業務、自宅でスマホ、PC、ゲーム、動画。これらに費やす時間はおそらく「人との接触時間」を越えている。メール、チャット、SNSを駆使すれば、1日に1度も声を出さないで済んでしまう。

あくまで私見だが、会話が乏しい方の傾向として「話下手」「聞き下手」「表現下手」が多く「無表情で声が小さい」もある。勿論、会話減少がスマホが原因と言うつもりはないが、子ども時代からの使用は「ヒトとの会話」を減らしている一要因ではある。

友人の日本プレゼン・スピーチ協会の荒井理事長は「人の話を聴く」と「人に話をする」ことは、相手と「命」をやり取りをすることだと言う。つまり「命=時間」。聴くことは、相手に時間(命)を差し出すことで、話すことは相手の時間(命)を頂戴することである。真摯なやり取りをしなければ、勿体無いし、相手に対して申し訳ない。

真摯なやり取りとは、スムーズな会話のことでなく、聴いてくれ、話してくれて「有難う、良かった」と思い合えること。その為に魂こめて五感で会話をすることだ。我々は地上最強の哺乳類上の「ヒト」であるが、ヒトとヒトの間に生きる「人間」でもある筈だ。

勿論、我々は「人間」として常に発展途上であり完成形ではない。未完成ゆえに「上っ面の会話と接触」は、相手の受け止め方に違いが出てくる。だから言動による被害者と加害者の過剰反応が横行する。受け止める感性と、好きか嫌いかの背景もあり、だれも真実は分からない。しかし加害者にならない為には「相手への気遣いしかない」のは事実。

「世の中」渡るには全て相手がいるわけで、無人島でもない限り「自分ひとりの起承転結」は限られる。だからこそ相手を想った「命のやり取りの会話」「五感で会話」を心がけ、仲間と、刺激しあい、励ましあい、認めあい、喜びあう方が良いにきまっている。

まず、些細なことから会話をはじめる。「苦手な相手」とはその方の「人間的側面」を知らない場合が大半だ。重要なことは「自分を分かってもらう」でなく「相手を分かろうとする」会話を肝と命ずることだ。そうすると、相手が違って見えることに驚く筈である。

人間力を育む達人たち「相田みつを」と「坂村真民」の言葉が、今更ながら身にしみる。













2018年1月18日木曜日

故郷を思う。

毎年、富岡八幡宮で初詣が恒例だったが、暮れの悲惨な刺殺事件のニュースに、我が家は満場一致で、富岡八幡宮初詣は中止となった。

他で初詣となり、スポーツの神として有名な「亀戸の香取神社」に出かけた。「勝ち守り」を求めるスポーツ選手も多く、家族それぞれに打ち勝ちたい祈願に最適であった。思えば、全国色々な処で初詣をしている。

広島時代は「厳島神社」によく行った。「パワースポットって本当にある!」と実感した場所で、いつ行っても不思議と心地よいので、家族で年に10回は宮島に出かけていた。

娘は、広島の生活が大層気に入ったようだ。ゆったりと時間が流れ、人は優しく、気候も穏やかで、小学卒業と中学入学の広島生活が、彼女のおっとりとした素朴な性格を醸成したと思う。浦安に戻り中2年で転校すると、かつての親友は理由があり学区外に通っていた。皆、偏差値は高いのだが、大人びた女同士の妬みや競争世界に戸惑っていた。

そのせいか完全マイペースの娘は、大学の建築科で海洋設計士の道を選びコツコツとやっている。全国都道府県の土木課が建設する「橋」には欠かせない資格で「就職にも困らず、将来は大好きな広島に住めるから」と言われたのには正直驚いた。


故郷は遠きにありて思ふもの




途中転勤で居は変われども、新浦安に家を持ち15年、夢の国は年間パスポートで楽しい思い出が一杯だ。先日、娘は念願のミッキーたちとのTDLの成人式にも出席できた。ところが、娘の感激をよそに下の息子は、柔道理由に住所変更して過ごした市川七中が好きで、成人式は市川市で出たいという。どうやら現在、彼の地元は「市川」のようだ。

思えば私自身、高校から静岡を離れ大学・会社と延べ48年間の内訳は、全国行脚で13年、東京勤務で35年だ。転居も17回もすれば完全な風来坊である。どこが地元か分からない。地元の認識が、娘と息子と家内とそれぞれ異なるのも当然だ。

それも年輪と共に「地元の認識」も変わったり、増えたりするのかもしれない。共通点は「良き思い出が多くて、後に郷愁を感じる処」が、現在の自分の故郷になるのだろう。私などは忘れがたき故郷は、いまや4箇所はくだらない。

ずっと故郷の方には関係ないが、離れて暮らす我々は、異郷の地で、つらくて故郷に帰りたいは避けたいもの。故郷は何かを頼るところでも、逃げ帰る場所でもない。自分を育んでくれた人々への感謝が、昇華され「大切な思い出」として、いつまでも懐かしむ場所として存在してほしいものだ。

さて、皆さんの「心の故郷」はいかがでしょうか。

思い出の数が故郷













2018年1月1日月曜日

2018年も冒険だ!

新年明けましておめでとうございます。恙なく新年を迎えられますのも、一重に皆様方のお陰と深く感謝申し上げます。


生活研究所2017年度の話題の順位は、1位インスタ映え、2位将棋、3位ドローン、4位格安スマホであった。そして今年のヒット予想は1位格安スマホ、2位高齢ドライバー事故防止、3位宅配ボックス、4位ドローンとなっている。

自動車の自動停止装置普及は、保険会社の事故保険の見直しを迫り、電気自動車拡大は関連企業の存続や環境を変えていく。高齢ドライバーの免許証返納は、タクシー、バスの返納者向け割引制度や、バス乗り放題パックなどを目論む。

新たな市場は、衰退する産業と隣り合わせで、挑戦の見極めと決断の加速が大切になる。挑戦しても、途中での早期撤退も肝要だ。我々は今までの経験で未来を予測するので、未知に臆病になり「今までが」や「今が」に固執する。

ようは、なかなか冒険出来ないのである。昔、警察幹部の方から「一流詐欺師」の話を聞いたが、ヒトは「身の丈」を超える大きな判断事ほど、自分で決められず他人の言葉に左右されるらしい。人生の大英断に「大丈夫!」の無責任な詐欺師の一言でコロッと騙されてしまうらしい。決断は自分でするしかないのだ。

ターゲットの「身の丈の判断基準は?」と尋ねたら「自分で手にしたことがある現金」と返ってきた。田辺だと今までに手にした数百万円が「身の丈の想定額」か。投資効果のない餌食なので、詐欺師には縁がない。

しかし身の丈を意識して、冒険せずに小さく纏まるのは最悪だ。成功への開運には、大胆に進化・変革への冒険をしないと始まらない。「運」は自ら掴み取るもので、与えられるものでない。特に若者は「身の丈」自体が無限の可能性。現在を起点に考えず「人事を尽くし天命を待つ」から「天命を信じて人事を尽くす」に徹することだと思っている。



世の中 運が良い人と、運が悪い人など存在しない。

運が良いと思う人と、運が悪いと思う人しかいない。



偉そうに書いたが、安田学園柔道部の息子たちをみて、素直にそう実感する。浮世のしがらみから離れ、クリスマスから年末までの大会、遠征、大晦日の越年稽古と、ひたすら練習に明け暮れるのも、夢の実現を信じるから今を必死に過ごせるのだ。

そう、今の努力は間違いなく「己の進化」は保証してくれる。勝利に近づく唯一の道であることも間違いない。新3年生は、最後の高校柔道全国大会。2年生になる息子もあと2回しかない。挑戦者には「悔いある1日」など存在しない。


迎えた2018年。
63歳翁も、全ての物事を前向きに捉え「自分は運の良い人だ」と信じ努力していきたい。
今まで以上に、社業と家業にまい進する覚悟でおりますので何卒、倍旧のご支援ご指導と、お引き回しのほど宜しくお願い申し上げます。平身低頭。

良運を信じる人と!













2017年12月9日土曜日

2017年の師走に。

街がクリスマス模様に変わり始めたら、あっという間に2017年度も終わる。相撲界も気になるが、皆さんにとってはどんな1年であっただろうか。

私見だが、今年の大きな出来事は、米国のトランプ旋風。己の利益優先は世界を圧巻した。それとショックだったのは、東芝ボロボロ事件。7,000億負債までの経営は、危機感から変革進路に舵を切っても、なかなか進路が変わらない巨大船のようだ。

恐ろしいのは、リーダーが自己中心主義と既成概念やシガラミで「身勝手なゆで蛙」になることだ。沸点に気がつけば崩壊だが、周りを引き込むのはご法度だ。

弊社の2017年は、株式上場初年度として、働きがいのある会社づくりに突っ走ってきた。「育メン」「副業」、今月からは「フレックス」制の導入と、お取引様と共に売上げ拡大に邁進しているうちに、師走を迎えた、と言ったところだ。
お陰様で業績も好調で、お客様はじめ全てのステークホルダー様に、感謝、感謝である。

一方、我が家に目を転じると、娘は海洋建築科の2回生の課題に取り組んでいる。橋の建造も、耐震、風力、強度など物理学での設計。私には何のことやら分からんが、PCで自動計算する前に自分で手計算して仕組みを解明させるようだ。私はエールを送るだけ。

息子は高校生活が始まったが柔道一直線は相変わらずだ。100K級の技と体幹を磨き上げ、激戦区の東京で、どこまでいけるかの勝負が始まった。親は、息子の「柔道、メシ、風呂、寝る」パターンに「自力起床」と「勉強」を加えるのが目下の最大の課題である。

子どもたちは、まさに「ゆとり世代」。指示まち、打たれ弱い、身勝手などと言われる世代だが、ここは前向きに、マイペース、堅実、実直、真面目と捉えるほうが気が楽。
そんな子どもに、最近家内は「今の若い子は皆そうかしら」と愚痴る事が増えてきた。

しかし案ずることなかれ、年配者が「今の若い者は!」と嘆く姿は江戸時代からあった。皆さん、嘆かれ、嘆いてきた。時を重ねて解決する事も多いので、気にすることはない。
加齢のシワを、嘆きの眉間の縦ジワにするよりも、笑顔の横ジワにするほうが美しい。

そこで、痴呆を案ずる翁から、珠玉の言葉を「家の神さん」に贈りたい。合掌。


2017・田辺の思い出