2017年6月27日火曜日

不思議な街で思うこと


私の住む街には、ディスニーのシンデレラや不思議の国のアリスが住んでいる。
アリスは小柄なので、すぐ分かる。アリスそのものだが、私服で自転車に乗っていると、かなり驚く。王子様もハッとするイケメンなので、家内と娘はすぐ分かる。
しかし「私は○○です」とは言わない。契約によって明かしてはいけないからだ。

近くに東京ディズニーランド(TDL)の外国人スタッフ用のマンションがあり、推測するだけだ。以前、子どもの同級生のお父さんが、小学校の文化祭で踊ってくれた。外国の方で、見事な踊りに拍手喝采。ある日、TDLのショーのメンバーに、そのお父さんを発見。あの時は驚いたが、お互いそれに触れないのも暗黙のルール。それなりに皆さん街に馴染んでいて、一応に地味で静かである。やはり夢の国の方々は、外界では目立ってはいけないのだ。多分マニュアルに記載されていると思う。

10年ほど前は、家族で年間パスポートを持って行きまくったが、都度感動してしまうのがディズニーだ。再来店率が98%なのだから、殆どの方が、また来るのだ。
これは他に類を見ない。夢の国の世界観を守り、メンテナンスに投資を惜しまず、徹底した日本独自のマニュアルなど、やはり世界ディズニーの中でもTDLは突出している。

マニュアルと、その先にあるアートの世界


マニュアルは、どこの企業でも業務の平準化のために用意している。マニュアルが求める内容とレベルは業種や仕事内容で異なるのは当然である。
接客マニュアルを例にとると、コンビニは、採用したてのアルバイトを想定した販売マニュアルだし、高級ブランド店は、お客様の名前や嗜好まで掴む「おもてなし接客」のマニュアルになる。比べれば、そのレベル差は著しいものになる。しかし、この差が、良い悪いという話でない。お客様が求めるレベルのマニュアル化だから、お客様が場所場所でお持ちの「満足の物差し」に合わせるのである。

お客様が、接客に納得すれば「当たり前」。ちょっと違うな、と感じればクレームに繋がる「不満足」。少し上のレベルを感じれば「満足」。しかし、ここで「えっ、ここまで」と思わせる満足レベルを越えたとき、実はお客様は小さな「感動」を覚える。

この感動こそが、お客様の再来店と、ご友人やお仲間を紹介する行動になる。お客様が「サポーター」に変わる瞬間である。これは、マニュアルを越えて自発的な行動を起こせる「人」のパワーが為せる技である。お客様が「感動」するを経験した従業員は、それを重ねるうちに、お客様の感動を自分の喜びに変えて、マニュアルを飛び出すのだ。これがカリスマ従業員の誕生である。

TDLマニュアルを越えた従業員の話


ご夫婦らしき2人が園内のレストランにやってきた。やさしい笑顔の女性スタッフは、4人掛けの席に2人を誘導した。オーダーを取る。ご夫婦は2人分の料理と、お子様ランチを1つ注文した。女性スタッフは、お子さんは後から来るのかな?と思ったそうだ。
しかし、お子様が来る気配がない。気になった彼女は出来上がった料理を配膳する時に、思い切ってお客様に尋ねた。

「お子様はいつ来られますか。冷えてしまうと可哀想ですから」
お母さんが口を開く。
「可怪しいと思われますよね。・・・実は息子は来ないんです。去年、事故で亡くなりました。悲しくて沈んでいましたが、彼の誕生日に大好きなディスニーに行く約束をしていたんです。だから、今日は親子3人で来たつもりで、お子様ランチを頼んだのです」

思いもよらぬお母さんの話に、彼女は自然と動き出した。奥からお子様用のイスを持ってくると、お子様ランチが置かれた席のイスと置き変えながら、言葉をかけた。
「ようこそ3人でいらっしゃいました。ご家族で食事を楽しんで下さい」

夫婦の目から大つぶの涙が溢れる。
その後、この夫婦は毎年子どもの誕生日をTDLで過ごすようになった。
実は「来ない子どものために、お子様用のイスを置く」というマニュアルは存在しない。
彼女が自発的に、ご夫婦が喜んで頂けることを行動に移しただけである。
この出来事に感動したご夫婦が、感謝の手紙を送ったことでTDLが知るところとなる。

彼女はTDLから表彰された。これが重要である。よく「カリスマ」はアートの世界だという方がいる。ゴッホの絵はゴッホにしか描けず、優秀な弟子もゴッホにはなれない。
しかし、この発想では、企業として求める「カリスマ社員」誕生の継続は望めない。
TDLのように「感動体験」事例を収集し、評価軸に加え、認め、褒める、を仕組み化することで、彼女のような従業員を一人でも多く輩出する風土、企業文化を作っていくのだ。

ヒトが「人間関係で感じる幸せ」の原則は、この4つである。
1.愛されている
2.認められている
3.必要とされている
4.役に立っている

自分にも喝だ! この4つは自分が求めるのでなく、相手に与えるものと心得よ!


懐かしい年パス時代と不思議な街・新浦安

2017年6月12日月曜日

夢をもて!そして諦めない。

アイデア出し手法の一つに「マンダラート・ワーク」がある。既にご存知の方も多いが、お取引様からのご依頼で研修させて頂くと、熱心に取り組まれ、結構好評である。

日本ハムの大谷翔平が、花巻東高校1年のときに作成したマンダラート表は、あまりに有名だ。彼は自分の夢をマンダラートで作成し、夢に日付を付けて目標に変えて、具体な行動におこし、見事目標を達成した。ただ頑張るのでなく、何の為に、どう頑張るかを明確にする事は、かなり重要である。

彼は、表の中央に「ドラフト1位指名、8球団」と明確な目標を置いた。その実現に向けて必要な対策、8項目を考える。そして、その8項目を更に落とし込み、手段化された8×8=64項目の行動を導き出すのだ。あとは、ひたすら対策を実践するのみである。押し付けの行動でなく、自ら導いた自主的行動に変えるのだ。

大谷翔平の凄いところは、「ドラフト1位指名、8球団」の為の8項目に「体づくり」「コントロール」「キレ」「変化球」「160キロスピード」の他に「人間性」「運」「メンタル」も掲げている点である。この「運」の対策をみると「あいさつ」「部屋そうじ」「ゴミ拾い」「審判さんへの態度」「道具を大切に使う」「プラス思考」「応援される人間になる」「本を読む」と並ぶ。大したものだ。高校1年の若者が、選手としての「スキル力」以外に「人間力」を掲げ、人として「魅力ある名選手」になろうと自覚している。

息子にも「人間力」が育てばと願うが、好印象、魅力づくりは計算してやるものではない。偽善は、見抜かれるだけだ。挨拶やマナーの大切さは、後になって知るものである。
礼節など面倒と思う「感情」を「習慣」に服従させるつもりで、身につけることだ。それがいつしか、周りの方々に、好印象や魅力として感じて頂けるかもしれない。

「夢」への本気度を倍増させるためにも「明日ある我が身を思い描いて、今日を生きる」を貫きたいものだ。それが魅力ある自分の一歩になる気がする。なぜなら、人様は、そんな人にこそ感動し、魅了されてしまうからだ。

今を生きるコトに追われ、明日の夢を忘れてしまうのはぜったい避けたいものだ。
夢を諦めることは悲しい。しかしもっと悲しいことは、明日の夢が持てないことである。
そして、一番悲しく、辛いことは、「夢を奪い、夢を奪われる」人である。




2017年5月29日月曜日

「~のに、なぜ」から「と」を「の」に変える。


先回、マネジメントを面倒と思うな、と書いた。
すると、ある方から「面倒でなく怖いのだ」と言われた。前提に「先ず自分がしっかりする」に自信がなく、相手に嫌われたらを心配する。まして相手のプライバシーは突っ込めない、も前提にあるのだろう。実際の相手の顔を浮かべて考え直してみよう。

「上長に相応しい自分づくり」への努力は素晴らしいことだ。しかし世の中「努力すれば報われる」わけではない。報われる可能性が高くなるだけだ。スポーツの世界でも、その可能性を高めようと必死に練習するが成果は出ない。当然周りも必死に練習するので、競合との差は縮まらない。ここまでやれば、の判断基準がないから比べようがない。

先のオリンピックで名を挙げた柔道の井上康生監督は、100キロ級で世界TOPの名選手でもある。東海大時代、井上先輩の面倒をみていた後輩という知人が、息子と私に語ったことがある。試合形式の乱取り練習を1本5分を10本もやるとヘロヘロになる。全力疾走を50分続けるようなもので、元立ち以外は順番に当たるので、その間は休めるものだ。

井上先輩は、元立ちで休まず50本連続でやるのだそうだ。当然終わったあとは身動きできない。死んだようになった井上先輩を、2人の後輩が両脇から身体を抱えて宿舎に戻す。自力で風呂にも入れず、後輩がシャワー室まで抱えて先輩の身体を洗うのだが、ある日、井上先輩が途切れ途切れの声で「すまんが、このまま小便してもいいか・・」「どうぞ」と言うと、なんと真っ赤な血尿が出てくる。

「世界を目指す必死の努力は俺には出来ない、と悟った瞬間でした」そして「田辺くん、世界を目指すとはそういうことだよ。その覚悟でやり続ける決意を持って欲しい」と息子に語った。しかし、その練習とて優勝を保証するものではない。

これだけやった「のに」「なぜ」勝てない。
相手にこれだけ指導してやった「のに」「なぜ」出来ない。

世の中「のに」と「なぜ」のセット言葉が多すぎる。練習すれば、努力すれば達成すると思い込み、上手くいかなきゃ何故だと、自分の努力や指導力不足を他に転嫁する。それでは挫折と恨み節の繰り返しになるだけだ。
他責から自責に変えて、自分自身でやれることとして、まず心構えから見直すことだ。

柔道の練習をこれだけやった「のに」、この「のに」を捨てる。これは「私と柔道」の関係だから出て来るセリフ。「と」を「の」に変える。私「の」柔道、柔道の私、と改めるのに違和感はない筈だ。
私と会社、私と部下、私と上司、私と家族、などの対比関係から私の会社、会社の私、
上司の私、部下の私、家内の私、に変えると「何故?」も自分の何故になる。

幾ら教えても変わらないは「教えてやる」の発想。相手が「学びたい」へと変えられない己を恥じるのだ。「師の背中を見て育つ」は、弟子が師に魅了され学びたい一心で成り立つ。相手が「と」を「の」に変わるのは、まず自分自身から実践するしかないのだ。

2017「サラリーマン川柳」に、「パパお風呂」入れじゃなくて 掃除しろ という川柳が入選していたが、井上先生なみの努力で「私の女房・女房の私」を実践し与え続ければ、いつしか「私の夫・夫の私」に家内が変わる?も、期待せずに実践するんだな。






2017年5月2日火曜日

すがすがしい人になりたい。

清々しい人が貴重な時代


「清々しい」とは何だろう。一般的には爽快、さっぱり、気持ちのよいなどの気分を指すが、同時に人を指す場合も多い。この時期、巷に多く見られる新入社員などは、すがすがしい人となるのだが、果たしてどうだろうか。

先日、友人の会社の入社式で、今年の新入社員の決意表明の半数近くが「この会社と、社会人としても自分が務まるかが不安なんです」と堂々と社長に語ったらしい。
一体これは何だろうかと考えこんだ。社長曰く、嘘でも良いから「頑張ります」と言えないのか、とこぼしていたが、皆さんはどう思うだろう。

子ども時代、親にも先生にも叱られたことがない。学校では平等・公平が原則か、順位も付けられず、中・高で一気に偏差値の競争という枠の中で揉まれ悩む。学閥は影を潜めたとはいえ、将来を思うと「こんなはずじゃない」と現実とのギャップに自信をなくす。
今まで年長者、上下関係、先輩・後輩などの繋がりが無く、学生仲間との付き合いしかない。まして恋愛も面倒で不安なので避けてきた。

しかし、社会に出れば別世界の年長者、先輩、上司、異性に直面するのだ。かくして、礼儀作法も知らない自己中心の若者は戸惑い、上司は憂慮する。お互い不満と言い訳が増え、心が折れると逃げたくなる。学校では「人は優劣で判断でなく、それを個性と思え」が合言葉だが、社会に出ればそれだけでは通用しない。

「上司力」を身につける


最近「バックレる」新入社員が話題になっている。入社2日目に「この会社、何か違う」と思ったら、昼飯に行くといったまま「バックレて」帰ってしまった事例だ。
会社は大騒ぎだが、当の本人は会社の心配などお構いなしで、違うからいかないとの弁。せめて辞めます、ぐらい言えよとの話だが、笑い話では済まされぬ現象だ。

終身雇用の危機は、定年まで勤めて後は余生のコツ「滅私奉公」精神を終わらせた。
「己のスキルアップとキャリアプラン」を考え、よりよい転職を探す時代になってきたから、好条件転職のコツ「その仕事、私のためになりますか」精神が前に出る。

そんな時代、新人に「すがすがしさ」を求める前に、マネジメントする側が「上司力」を蓄え、マネジメントの在り方を変えて「すがすがしい上司」になるしかない。

部下に対しては「怒る」激情型でなく「叱る」の対策を付加した理論型だ。報告事項は、先ず結果を聞き、次の言葉を待つ。成功時での自慢なら「どこで褒めるか」を、失敗時の言い訳なら「何故?」を探る聞き方に「耳」変える。これが積極的傾聴と心得るべきだ。業績拡大と人材育成は両輪の輪であり、片輪が動かねばまっすぐには進まない。

周囲に嘆く前に、本人との面談を義務化して部下の本質を把握する事が先決。部下の能力の最大化を引き出すための業務コントロールをすることが、マネジメントであろう。
やはりマネジメントの本質は変わらないのだ。

「仕事に厳しく、人にやさしく」は、業務コントロールと、人心掌握のことである。
一昔前の叱咤激励と飲み会の強要ではない。我々はいつしか本来のマネジメントを忘れ、職階、職位、評価基準で逃げてきたかもしれない。実はマネジメントは面倒くさいのだ。

人との繋がりが苦でない「清々しい上司」の下に「すがすがいい社員」が育つのだ。


2017年3月30日木曜日

サラリーマンの夢って何だろう


サラリーマン人生が40年を迎える。よくここまで続いたと感心してしまう。
その間、転勤、転属、出向、定年、再就職を経験し、転居したのは14回に上る。役職もヒラから始まり社長まで経験させて頂いた。職階が上がる度、孤独になるもので、気楽さと仲間意識が遠くなるのは寂しいものだが、反面、職場以外の人脈が広がるのも事実で、それはそれで嬉しいものだ。振り返って「人生の人財残高」を積み立てることが如何に重要で「男の器量」はこれだと言っても過言ではない。

転居は全て家族同伴で素晴らしい出会いを重ねてきた。本当に感謝している。長女は幼稚園2回、小学校2回、中学2回、息子も幼稚園・小学校を4回も転校した。子どもには「自分の故郷はどこだろう?」と言われたが、皆が「お気楽」なので楽しかったようである。

しかし、会社人生は楽しい事ばかりでなかった。普通では経験出来ないことも遭遇させて頂いた。債務超過、粉飾決算、役員逮捕、上場廃止、整理、再生、買収と、これ以上ない連続攻撃には死ぬ思いをした。当時、病気でもないのに、血の小便が出ることを体験したのは苦い思い出だ。

正直、伝統と歴史ある一部上場の最古参の名門企業が、崩壊し消滅するとは思わなかった。世の中に「絶対に大丈夫」などは存在しない。
それでも定年まで勤められたコツは、ひたすら仲間を信じ、うしろ工程を大切にし、いかなる場面でも己を失わず「無我夢中」で邁進することだと思う。自分が、自分が、の我を張らず「無我」にならねば、誰もついてこない。

この地獄の渦中にいたことを、今では感謝出来るようになった。生意気だが、常に「無我」を忘れず、愚痴らずに夢を追う「夢中の姿勢」の大切さを教えてくれたからだ。


夢の「上場」を果たした喜び


先日ついに、サラリーマンの夢である初体験を味わうことが出来た。
我が社「フュージョン株式会社」がアンビシャスに上場したのだ。創業25年の社員の努力が念願の上場を果たしたのだ。入社2年の私は、この場面に遭遇できたことだけで感謝、感激である。お取引先様のご支援と社員一人一人の汗と涙の結晶である。先に述べたが、会社が傾くのは簡単だが、社会的に認められた会社を継続・拡大するのは容易ではない。
弊社会長が「五穀豊穣」を願い、5回上場の鐘を鳴らす場面は荘厳であり、居合わせた我々は身が引き締まる思いであった。

FBにも書いたが、誰もが一番大切なことは「夢」を持ち続けることだ。当たり前と言われそうだが、絶えず夢に日付を付けて邁進する「夢中」の姿は難しい。
私も62歳、浅学非才な爺であるが、この先いたずらに歳を重ねた爺にはなりたくない。

「頑張る奴は、夢を語り 怠ける奴は、言い訳を語る」

夢の上場経験は「いいか、言い訳と愚痴を重ねた数だけ、嫌な爺になるのだぞ!」と、己に戒める出来事でもあった。





2017年1月5日木曜日

2017年を迎えて。

2017年を迎え、新春をお喜び申し上げます。
皆様も穏やかな新年を迎えられ、本年も健やかに過ごされんことを祈念申し上げます。

昨年は、お陰さまで家族も会社も順調に過ごすことが出来ました。息子は進学先での高校柔道も決まり、娘は相変わらずマイペースでやっております。家内は子どもの飼育に奮闘しております。

弊社フュージョンは、順調に業績を上げております。この2月決算に向けて着地も見えてきましたし、米国DMA公認のファンダメンタルマーケター資格取得のeラーニングも、お客様からご支持頂戴しております。これも皆様のご支援、ご鞭撻のお陰と、深く感謝申し上げます。


本年やりたいこと



昨年品切れで入手できなかった「逆算手帳」を手に入れて、来年は活用したいと思っている。
既にご活用の方もいると思うが、この手帳は通常の日々のスケジュールをこなす為のものでなく、「こうありたい」を実現するために、ビジョンから逆算して計画を立てることに特化した手帳らしい。

残念ながら本年も私の手帳は目先のやるべきことを記入した「行動確認ツール」である。やはり、今を乗り切るロービーム視点中心になりそうだ。
中長期事業計画や採用計画、子どもの進学など、会社や家族のハイビーム視点での将来像はあるのだが、そこへの自分の関わりと当事者意識や自身の具体的行動は忘れがちです。

「明日ある姿を思い浮かべて、今日を生きる」の姿勢の積み重ねの日々とその日暮らしの行動の365日の有り様は、1年で大きな差になる。「逆算手帳」はなくても、仕事では決算までにやる事と、2017年、2018年そして2020年度へのハイビームの行動チェックをしようと思う。
東京オリンピック2020年度は、フュージョンは29年目を迎え社員も経験を重ね、更に飛躍を目論む。家族では息子は大学?、娘は就職している筈である。私は65歳を迎えることも事実である。
誰にとっても、まる4年の大切な1,460日を有意義に過ごしたいものである。

有意義な行動の大前提は「健康体」であること。多くを望むにも、まず「健全な精神は健全な肉体に宿る」があればこそだ。古代ローマのユウエナリスのこの言葉の真意は、富や名声を求める前にこの考えを全うせよ!との事。まずは、平和で、無事に衣食住も整い、そして何より生きる目的がある、ことに感謝することから始めよう。

以前紹介した80歳を迎えた大先輩の言葉を思い出した。
「俺たちが一番悲しいのは病気になること。そして一番虚しいのは「きょういく」と「きょうよう」を失うことだ。「今日行くところがある」と「今日、用事がある」これが生きる価値だ。と教えてくれた。

さあ、本日も元気に「今日行く」と「今日の用事」を、明日に向かって頑張ろう。





2016年12月20日火曜日

2016年の漢字「金」。取った後が勝負。

早いもので今年も終わろうとしている。
年の瀬恒例の今年の漢字一文字は「金」に決まった。リオでの金メダルの影響か、皆様の身近の「金」が話題になろう。因みに我が家の「金星」は、娘が建築家を目指し大学進学したことと、息子が全国中学柔道大会に出場したことが、そうかもしれない。

まず、娘の「海洋設計士」という聞きなれない選択が想定外である。海辺の建造物や、川にかかる橋の設計士のことらしい。需要があるのかと聞いたら、耐震や津波などを考慮した橋の建替えや新築には各都道府県の土木課など、就職率100%だよ、と言われた。その為、高校時代に化学専攻から物理学に変えたので、課題に追われ苦労してるが楽しそうである。

最近は、バイトにも燃えていて、今では近所のスーパーの「野菜カット」部門の顔のようである。
野菜の鮮度や、カット技術は相当で、かぼちゃや大根カットは初心者向きで、スイカのカットは熟練者なのだと自慢していた。確かに大根など大きさが違うが、スイカは正確さを要求される気がする。
皆さんも、スーパーでカット野菜の大きさを比較すると、結構面白い。

それに比して、息子は全く先を見ない。柔道以外、眼中にないので困っている。
以前、「夢を諦めるな」とブログで書いたが、彼の場合、高校・大学も柔道を続けるがセットである。
中学以上は学校の柔道部所属になり全柔連に登録されるので、当然多くの大会や高校総体などは学校参加になる。どこの柔道部で切磋琢磨し、選抜されるかが重要になる。
高校は関節技、階級など一般と同じ柔道スタイルになるので、息子はそれを見据え、練習と体づくりに余念がないが、頭の中は退化の一途だ。

仕事に目を転じると、米国で権威ある「DMA協会」公認の「ファンダメンタルマーケター資格」DCFM取得のeラーニング教育を、フュージョンで日本版にし、国内で紹介する独占契約を結んだことだ。
これは英語版以外では世界初である。

企業は、経理・人事や営業の教育は充実しているが、マーケッター教育はまだまだ不十分である。
そこで、米国の最新のマーケティング概要を10のモジュールにし、それをPCで学習することで、あらゆるメディアを体系的に学び「オールラウンドマーケッター」を育成しようとする狙いである。
メーカーなどの社内のマーケ人材がレベルアップすると、今までの広告代理店や分析屋への丸投げ是正や、最先端のソーシャルネットワークを学びレベルが向上することで、より良いものが提供できる機会になる。ひいてはコスト見直しにも繋がる、は受講する企業様からの声でもあった。


人それぞれ、道を極めるために。



設計士になるのも、柔道で世界に羽ばたくことも、カット野菜も、一流のマーケッターになるのも、自分自身が継続的に努力するしか無い。その際の最大の敵は「弱い己」である。

「今日は、止めとこう。もう、いいか」と自分に囁く己の「くじける心」と、闘う気持ちが大切である。
スティーブン・コビーは7つの習慣で「感情を習慣に服従させる」と書いている。
例えば、本来、歯磨きは面倒くさいと思う感情を、毎日毎日幼少期から歯磨きを励行させることで、歯磨きしないと気持ち悪くて寝られない、朝の目覚めのクセ、と習慣化させてしまうことである。
同様に、目指すは生涯精進を実践する「自己啓発の習慣化」である。

来春62歳になる私は、もはや手習いをする機会など無いと思っていた。しかし、年齢関係なく経験と知見でやり過ごす仕事は、自分の成長を阻害してしまう。

上司が部下育成と称して与える「権限委譲」とは、決して丸投げのことでない。「責任は俺が取る」の発想はかっこいいが、部下の判断だけで任せるは部下が成長しない。プロセスを共有し、口を挟み、部下に他の方法や応用を指導することで部下の成長を促すものである。こんな当たり前のことを、自分に当てはめてみれば一目瞭然、弊社が推奨する教育を、私も受講し成長するのだ。

2017年、私の漢字は「学」である。禁止事項は「太」だな。




※米国DMA公認ファンダメンタルマーケター資格(DCFM) 
教育プログラムがリリースされました!