2016年8月5日金曜日

試練は突然やってくる(後編)


前編で紹介した柔道全国大会の予選直前の息子の骨折は、まさかの試練の大波乱となった。


周囲は想定外の事態に「仕方ないさ」などのセリフは出てこない。千葉を背負って全国へ行くんだ!を合言葉に、皆必死の練習を重ねてきたので腑に落ちない。主将としての甘さと、仲間たちが気遣って言葉を飲み込んでいるのが判るから、息子は相当落ち込んでいた。

有明医療大学の福田先生は自分の診察時間、研究、指定選手の治療の合間に息子との時間を調整し、それこそ寝る間も惜しんでの治療をして頂いた。同時に柔道家として半端ないリハビリ用トレーニングメニューを息子に課せた。

息子は、松葉杖片手に道場の隅で、黙々とハードメニューをこなす日々である。福田先生は、日にちもなく試合がぶっつけ本番になるので、ケガ前より強くなれ、と目論んでいるようだ。

息子の希望で「酸素カプセル」にも通った。サッカーのベッカムが自宅に置いてある代物である。
疲労回復や骨の成長に効果があるらしいが、10日で身長が1cm伸びたのは驚きの事実である。そして2週間目には松葉杖も不要になった。先生曰く、食事と睡眠のバランス、酸素など全てが結集したとしても、驚異的に早いです、と感心された。

登りきれ、まさかの坂

試合の2日前、打ち込み600回と組み手の練習後、帰宅した息子は、初めて弱音を漏らした。
「この3週間、一度も投げ込みも乱取りもしていないけど、大丈夫かな」とつぶやく。
「不安は当然だ。今は先生を信じ、自分を信じるしかない、練習は嘘をつかないんだろ」と私。

地区予選当日、福田先生は会場に来てくださり、息子の足にがっちりテーピングをしてくれた。
テーピングを終えて顔を上げた息子に、先生から「これで大丈夫!」の一言。息子はこの3週間で最高の笑顔を見せた。心のカンフル剤にもなったのか、一瞬で戦う形相になる。

結果は、息子81キロ級、他にも60キロで2名、73キロ、90キロ級と、七中主力が県大会に駒を進めた。そして何より団体戦でも市川七中は県大会進出となった。まずはひと安心である。

試練は続く

10日後の県大会当日、周囲の応援と福田テーピングを味方に勝ち進んだが、決勝戦でまさかの敗退となった。先生も周りも試合判定の心残りはあれど、もはや勝敗は決したのだ。
それでも、男子レギュラー2名が60、90キロ級で全国進出を果たせた事がせめてもの救いである。

こうして彼の全国個人戦出場の夢は途絶えた。今更、言っても仕方ないが残念無念である。
茫然自失の息子に、慰めの言葉もかけられない。まして明日の団体戦への気力は自力で奮い立つしかない。我々家族は見守るしかないのだ。

翌朝、彼は私に言った。「今日の団体戦は必ず優勝するよ。市川七中全員で全中にいくから・・」
私は、『よくぞ、いったと内心感激した。昨夜、黙って足首を冷やしていたが、痛かったかもしれない。思えば、治療中の言い訳も、痛めた左足首への小内攻めで負けた悔しさも、彼の幻の「有効」も、指導3取り時間切れなど、後悔も愚痴も一切語らず、黙って「負け」を受け止めて、今日に気持ちを切り替え、前へ進み始めた。

私は何も言わずに拳を突き出した。彼は照れ笑いを浮かべて、黙って拳をぶつけてきた。

結果は、市川七中が団体戦・男女ともに見事優勝を果たした。中学の団体戦は、体重順に5人が戦い、3勝した方が勝ちである。七中は、選抜43校の中、順調に勝ち進み、決勝戦を迎えた。
先鋒、次鋒、中堅戦が2勝1分で、副将の息子に回ってきた。あと一つ勝てば優勝だ。

大声援が飛ぶ。『勇斗!お前が決めて、優勝を勝ち取れ!』。開始2分、攻め続けた息子は、大内から踏み込んで渾身の大外刈を決めた。1本勝ちの瞬間、息子と同じ個人決勝戦で全中を逃した次鋒の選手が歓喜の涙で立ち上がる。そのまま市川七中全員が抱き合って涙を流している。

3年前の入学依頼、全中出場の悲願を果たした瞬間だ。主将のケガ波乱のこの1ヶ月は、おそらく選手全員が不安と期待を彷徨いながら、心を一つにして勝ち取った優勝である。
子どもたちも、先生も父兄も涙腺崩壊の試合となった。


神の手福田先生と


市川市も七中も男女とも初優勝


市川七中団体メンバー



「七柔魂」よ、永遠に

先日、市川七中の関東・全国への壮行会を須賀道場で開催して頂いた。大騒ぎしていた子どもたちが、最後に市川七中の校歌を歌った。そう、子どもたちも我々もわかっている。来年は、2度とこのメンバーの団体戦はない。先輩との残り僅かな日々を惜しむ後輩たちがボロボロ泣き始めた。
先生の叱咤激励「泣くな、まだ関東、全国があるぞ。新部長と後輩たちは、先輩の道を繋げろ!」

子どもたちよ。この先どう変わろうが「市川七中柔道部」も「須賀道場」も、でんと構えていつまでも変わらない。君たちは一生、七中柔道部OBであり、この道場の門下生なのだ。
「子どもたちの柔道人生はこれからです。負けるも、ケガも、挫折の壁を超えて、集う子は生涯の
弟子ですから」と、先生たちは言ってくださる。何と有難いことか。

恩師と仲間を信じ、己の可能性を信じ、懸命に過ごした経験は、振り返ったときに必ず良い「試練」となり、それを克服して「得難い経験」になり、やがて彼らの「財産」になる、と信じている。

人生「まさかの坂」は迷い坂ではない、ひたすら登り切るしかない坂なのだ。
試練という脇道を少しだけ遠回りして克服し、上り坂・下り坂のある「元の道」に戻すのだ。

七中校歌。須賀道場

2016年7月8日金曜日

試練は突然やってくる(前編)

この夏、全ての柔道中学生が目指す「全国中学総体柔道大会」が、今年8月17~20日に新潟県上越市で開催される。昨年は北海道大会だったが、息子は3年の上級生に負けて千葉県代表になれず、北海道には行けなかった。新潟大会は、中学3年生の息子には最後のチャンスであり、負ければそこで引退となる。

7月から各都道府県毎での予選会を勝ち抜き、階級別代表選手と、代表団体校だけが「全中大会」への出場権を獲得する。千葉県は7月中旬から14ブロックで勝ち抜いた選手が、7月下旬の千葉県大会に出場し、そこで各階級優勝者1名と、優勝校一校のみが千葉県代表として全中大会の切符を手にする訳で、そう簡単ではない。

春の千葉県大会では、息子たち市川七中が団体戦で優勝し、息子個人でも81KG級で優勝した。七中レギュラーは各階級別でもトップクラスが揃う県下最強メンバーと評価されているようである。
そのために、彼らは部活と道場で猛練習を重ねてきたから、全国大会で上位を狙う!の夢を叶えてやりたいと願うばかりだ。
ただひとつ、この時期に絶対にあってはいけないのが、怪我と病気。試合に出ない、は幾ら過去強かろうが関係ない、不戦敗でその場で終わるのだ。
今、柔道の先生たちと選手の合言葉は「絶対にケガはするな!」である。

人生、上り坂と下り坂の合間に「まさか」の坂がある

市川・浦安地区予選を3週間後に控えた部活の練習中、学校から自宅に「息子さんが練習中ケガをした」と連絡が入った。歩けないので迎えに来て欲しいとのこと。
家内は保健室で寝ている息子を見て真っ青。事故の状況を聞く。乱取りの最中に、後輩の重量級の相手が投げられまいと、息子にしがみつき、左足首が絡んだまま上に乗った形で倒れこんだらしい。最悪の事故である。まさか、何故、この時期に・・心をよぎるが気を取り直し、パンパンに腫れた足首の息子を乗せて、そのまま救急医療センターへ。

診断結果は、左足首脛骨骨折。夜遅くにギブスで固められ、沈痛な息子をみて、私は正直、彼の最後の大会は終わったかと、落胆した。しかし、それではあまりに悲しいし、諦めきれない。
柔道の先生たちも案じてくれ、整骨で全国屈指の先生を紹介して頂いた。柔道家でもあり、国内有力選手の奇跡の回復や、指定選手のメンテナンスもしていらっしゃる方である。

先生は快く診察に応じくれて、翌日深夜に指定された医療大学の先生の部屋にお邪魔した。
先生はギブスを外し、足首を触りながらレントゲン写真を睨む。

「心配していたとおりです、脱臼したまま固定されてますよ」
「えー・・」私たちはただ驚くばかり。
「昨夜は痛かったでしょう、まず脱臼を直しますが、骨折部位の反対の靭帯も伸びているので、回復には時間がかかります」それを聞いた息子が一言、
「先生、3週間後の予選会にどうしても出たいのです」
「・・・・・」。

柔道歴20年の先生は、この予選会の重さを知っているだけに、先生の沈黙は怖い。やがて意を決したようで、「何とかやってみます」と仰った。先生の言葉には、骨折・脱臼・靭帯の回復だけでなく、試合感、左足筋肉の衰え克服のトレーニングなど、同時並行しての復帰である。
息子にすれば、先生の指導を守り必死でトレーニングを重ね、出場できたなら「勝つ」しかない。

この日から、先生の昼夜を問わぬ献身的治療と、息子の1日4時間に及ぶリハビリトレーニングが始まった。救急医療で全治一ヶ月半と診断された息子が、治るどころか3週間後の試合出場という記録的復活が果たせるかどうか、先生と息子の戦いが始まった。

柔道先生と仲間たちと家族は、この3週間をひたすら見守るしか無い。
無関係の皆様には面白くなくて恐縮だが、この行方は、次回に掲載したいと思っている。


神の手


2016年6月28日火曜日

変える事と変えてはいけない事。

2016年も折り返しとなる6月も終わろうとしている。今更ながら時の速さに驚いてしまう。

先日、社長が「消費税引き上げ延長になる経済変化と、増税翌年の2020年オリンピックの予想を語っていたが、この業界あっという間に進化する。駆け込み需要を見越した住宅関連は、供給過剰になりそうで、物価上昇に歯止めがかかると、当面の円高予想は多くの企業に影響が出る筈だ。

刻々と変化する環境下で、「ダイレクトマーケティングエージェンシー」として快進撃のフュージョン(株)に入社して、ちょうど1年が経つ。最初の半年は、社内言語が理解できず苦労した。
ビッグデータ管理、分析、小売の進化系オムニチャネルへの対応、効果的DMの差別化など、顧客分析から打ち手の提案など、時代の最先端を走るメンバーとお取引先様に囲まれ、こんな「昭和男」が、何とか生き延びているのは、「不易流行」精神のおかげである。

「不易流行」は永遠のテーマ

「不易流行」を考えさせられる最近の面白い仕事を紹介したい。ある有名私立大学から御依頼されたDM製作がである。少子化で減少する受験者数を獲得する目的での効果的DM製作のご相談であった。大学側とうちのスタッフで、学校の強み弱みを分析し、効果的メッセージを決め、受験したくなる内容が伝わるデザインをお起こし、クリスマスカードとして発状した。
結果的に過去5年の記録を更新する受験者数を獲得できたのである。大学からも大変喜ばれ、それを知った他の私大からも依頼が舞い込んできた。
因みに内容は秘密である。

子どもの数が減り、大学も塾も市場の奪い合いである。合格実績や就職率などの数字以外にも、トピックスや他にない魅力が無ければ、生徒は集まらない。
不動人気の有名大学以外は、生徒獲得が重要なミッションである。いわば「流行」である。

しかし、学校の不易が「学び舎」ならば、その目的は学びたいと思っている老若男女を問わず学びの場を提供することだ。企業の不易が「企業は人なり」ならば、学閥や成績で採用するのでなく人物本位で選択することだ。これを基軸にすれば、打ち手も変わる筈である。

ブランドの価値を守り育成するには、時間も手間も金もかかる。企業も大学もコーポーレートブランドや商品ブランド育成にその投資を惜しまない。しかし積み重ねたブランド価値も、人為的な偽装事件や粉飾騒ぎ、生徒の不祥事などの反社会的行為によって、一瞬にして信用もブランドも失墜する。ブランドは人の力で育てるが、ブランドを崩壊させるのも人である。

組織活性化は、一人一人の当事者意識

この会社は、あの大学は、と人が評するとき、建物や設備歴史より、そこに「集う人」を指す。
「集う人」が組織を育み「人材」を「人財」へと継続し続けて、始めて社風・校風が発生する。

今の若い方から見たら、私は古い思考回路かもしれないが、社風・校風を起こすには、まず形から入ることも大切と思っている。会社には、社則、社訓があり、社旗、社歌、社章がある。学校ならば校則、校旗、制服、校歌、校章がある。これは管理でもなければ、人を縛るためではない。

野球の試合でバッターボックスに立つには、ユニフォームを着てヘルメットをかぶり、バットを握るのは当たり前である。そしてバットにボールが当たれば一塁に走るのだ。ルールだから当たり前、そこに特例や妥協は存在しない。その先に個人プレイやスタンドプレイが成り立つのだ。

今時の方々は、「社章も校章も関係ないさ」と思われるかも知れない。しかし、この存在の重みは、それを失った時にひしひしと判るものだ。
私は10年前に、社則も社訓も社歌も社章も失った。当時、企業再生の真っ只中で、振り返る間もなく再生に没頭してきたから、会社に集う人の心を見つめる暇もなかった。
しかし、会社が買収され、最後の全体会議の最後に、めんどく臭いと思いながら歌っていた「〇〇ボウ我ら」を皆で歌い、三色のマークの社章をスーツの襟から外した時、「ああ、私たちの会社は、この世から無くなってしまった」と実感した。
私は不覚にも涙が溢れてきた。あの寂しさと悔しさは生涯、忘れることは出来ない。

新たな会社に勤め、若い仲間の仕事ぶりを見ていると、「流行」には敏感でありながらも、仕事で一番重要な当事者意識とは、強い絆や「愛社精神」と「人に優しく仕事に厳しく」の上位概念の上に成立する、不変、不易だということを今更ながら実感する。

営業時代の襟元には社章

東北時代も制服・社章は必携でした

今はなき三色マークの社章

フュージョン(株)取締役 田辺志保

2016年4月26日火曜日

その場で、そのことだけを、短く。

自分のブログを眺めていて、何かを伝えたい、訴えたい、という気持ちが強すぎて、押し付けがましくて、くどすぎるな、と今更ながら反省した。

セミナーや講演に参加される方は「何かを得る」が目的なので、しつこいぐらいの繰り返しが丁度良い。しかし、ブログは何も構えずに眺める方だから、文章が長いと飽きるし読むのも面倒になる。

以前、ブログでお世話になった方から、「書くこととは、書かないことを決めること」と言われた。
私の文章が、あれもこれもと説明してしまう悪い癖を、踏まえたアドバイスだったと思う。

井上ひさしが、物事を人様に伝えるコツを披露していたことを思い出した。
「難しい事は、やさしく、やさしいことは深く、深いことは面白く」と言っていたではないか。
もう一度、原点に戻り、「その場で、そのことだけを、短く」方法に徹してみよう。
実は、これはマネジメントの「叱り方の原則」であるが、人様に伝えるにも通じる話。
「その場以外に、そのこと以外も、ダラダラと」これは人様を潰すし、相手に伝わらない原則だ。
今後のブログは起承転結、伝えたいことを簡潔に現す、を心がけたい。

期待を超えたら「感動」する

先日、感動の出来事があった。顧客満足の見本のような出来事、つまり自らの尺度の満足する期待値を超えた時に、感動出来事に変わった実例だ。
居酒屋の接客と、高級クラブの接客では想定する満足の期待値は違う。自分が持つ期待を超えると感動になり、期待を下回るとクレームになる。今回は想定の期待を超えたので感動してしまった。

ミス・ユニバース事務局から、書類が届いた。開けてみると、2016年版のミス・ユニバースの冊子と、正式な講師認定証が入っていた。「ご丁寧に有難う」と、ここまでは通常の満足だった。
しかし、もう一つ入っていたのが、各地区代表の46名からの感謝の手書きの寄せ書きだったのだ。
これは、貰えるなどと思っていなかったのでちょっと驚いた。
各自が、私の講演の感想や感謝の文章がびっしり書き込まれ、ビューティキャンプでの彼女たちのひたむきな姿を思い出し、思わず笑みが溢れてしまった。

手紙が激変しメールと携帯電話中心のご時世に、手書きは希少であり、何と嬉しい事だろう。
皆さんが、この経験を糧に夢に向かって活躍の場を広げることを、心より応援したい。
そして、事務局の方々のにくい演出と、気働きにも感謝である。

私も、大切な人に、良い意味で期待を超えた感動をお届けしようと、学び、心した出来事だった。
                                  
フュージョン(株) 田邊 志保





2016年4月5日火曜日

若返りの秘訣を考える

先月、中3になる息子の耳が沸いた。これが相当痛いらしい。
「耳が沸く」とは、柔道や、ラグビー、レスリングをやってきた方に多いが、一般的に耳が潰れる状態をいう。正確には「耳介血腫」というらしい。原因は様々だが、柔道では、組み手争いや寝技などで、相手の身体や手、畳などが自分の耳とぶつかり擦れることを繰り返して内出血を起こし、血が貯まる現象だ。潰れた軟骨の髄液と血液が混じって貯まるので、かなり痛い炎症だろう。

潰れ方は個人差があり、息子は組み手争いの相手が奥襟を取ろうと,耳をめがけて攻めてくる時、手が耳に激しくぶつかり、真っ赤になって沸き始めた。それが乱取りで繰り返し益々腫れてくるのだ。息子は耳上部がかなり厚く膨れて、重くて前へ垂れるので耳鼻科で4回ほど血を抜いた。
太い注射器を患部に刺して、吸い取るので痛くて堪らないようだ。
1回で5ccほど抜いた後は腫れも引くが、また練習で擦れて腫れるの繰り返し。一度沸いた場所が袋状になるので同じ場所が更に腫れ、息子は「もう血抜きは嫌だ」と言って、耳鼻科に行くのを止めてしまった。結果、耳の上部にしおれた餃子が入っているような形で固まりつつある。




一度沸いて固まると二度と元には戻らないので、女子柔道家が引退後、耳の整形手術する方もいるほどだ。男子選手の場合、試合前に精神を落ち着かせるため、音楽を聞いている場面をテレビ中継でご記憶の方もいるかもしれないが、多くの選手がヘッドホーンを使っている。
実は耳が潰れすぎ完全に塞がってしまい、イヤーホンが耳の穴に入らないためだ。息子も、今後の変形次第では耳の穴を確保する為、暫く耳栓が必要になりそうだ。

しかし、坊主頭で、耳の潰れた筋肉男は見た目が怖いのが問題だが、先生曰く「喧嘩を売られないから良いですよ」は、少し複雑な心境である。


エイジングに対抗する


自動車も、乗り続けた年数や走行距離でガタは来る。人様も同様で、身体中のあちこちが変化してくる。短期間での酷使でも変形・変化するから、若いスポーツ選手や、職人さんなどは身体の部位が変形してくる場合が多い。
美容師や板前さんの水仕事で荒れた手、サッカー選手の剥がれ爪が再生した足、物書きや勉強家のペンだこ、ヒール靴からくる外反母趾などきりがない。

一方、万人が味わうのは、悲しいかな老化による変化だ。
フュージョン社内は若い力に溢れ、パワーを頂いて私の気力だけは充実だが、人生61年も経過すると、髪は消滅、シワは増え、体重増加、嗜好も変わり、物忘れは日常茶飯事。
しかし案ずる事なかれ、本人の心がけと努力で、その進行を押さえ、改善していくことは可能だ。



「人相」は、生活環境でも変わると云われている。悲しいことばかりに遭遇すると、寂しい顔になるし、楽しいことばかりだと嬉しそうな顔になる。横のシワは、笑顔のシワが多く、俗に喜ばしい表情シワ。これが顔に刻まれると、良いときを刻んできた穏やかな顔になる。
反対に縦のシワは、あまり嬉しくない表情シワである。厳しい渋面の眉間の縦シワは感心しない。これが年輪とともに刻まれると、気難しい表情の人に思われがちだ。
ところが、意識してポジティブに笑顔表情を増やすと、渋面の顔つきまで変わるから不思議だ。

前職の化粧品会社では、肌改善への効果効用を命題として開発してきたが、内面的にも好影響を及ぼすために、香りによるアロマテラピー効果や、社会生活を活き活き過ごすメイクの効果・効用なども研究してきた。介護施設のお年寄りが、唇に紅をひくだけで、現役の社会生活を想起するのか、尿漏れパットやオシメの数が減少するのは驚きの事実だ。
こうした「若さへの回帰」や「自信回復」を促す精神的な「生きる活力」は他にも数えきれない。
老いらくの恋、孫との接触、趣味の世界、仕事など各人の生きがい全てが若さの元である。


笑顔の価値は250万円なり

岡山の柴田病院が、重篤患者さんの延命治療として「よしもと新喜劇」に出向くのは有名な話だ。自己免疫力の向上作用で、心の底から笑った時に、病に立ち向かうナチュラル・キラー細胞(NK細胞)が活性化するからだ。逆に諦めて沈んでいると、NK細胞は減少するといわれる。
米国の研究では、笑顔1回の資産価値は250万円に相当すると云われている。そして子どもは、1日400回の笑顔に達し、大人になると10回前後に激変してしまうのは寂しい限りだ。

NK細胞は「作り笑顔」でも増大する。辛い時こそ縦シワから横シワに無理やり変えることだ。
取り敢えず口角上げて笑ってみよう。口に指一本咥えるだけの笑顔もどきでも効果ある。

若返るには、成長ホルモン分泌の活性化が大切で、まずは「適切な運動」。それからホルモン分泌に必要な「アルギニン」は大豆、魚介、鶏肉など良質なアミノ酸の食事から取りたい
更に美容やダイエットには、体脂肪を減らす食事をよく噛んで食べることで、耳下線からの唾液に含まれる肌の代謝活性化ホルモン「パロチン」を促す。このホルモンと、代謝が活性化する夜10~11時での深い「睡眠」は肌改善の相乗効果を生むことになる。

健康な身体づくりとは、皆さんもよく耳にする当たとり前のことばかりである。しかし、その当たり前の継続が難しいのだ。多忙やストレスが気持ちを挫くからだ。
ポーズでけっこう「楽しく笑顔で日々を送るぞ」と心がけることが、老化防止の根源である。

友人の医者からの言葉、
「病は気から、大切なのは本人の気持ち。そのまえに、後手の治療より先手の予防!」。

髪が抜け始めた私の言い訳、
「このハゲ行程は、滅びゆく森林でなく、開けゆく大地だ」と笑顔で自分に言い聞かせること。
結果、心臓だけには、毛が生えることは実証済みだ。



田辺 志保

2016年3月2日水曜日

2016ミス・ユニバースジャパンに参加

今年も2016ミス・ユニバース・ジャパンが始まっている。昨年来、各地区大会を勝ち抜いて都道府県の代表が決定し、46名のファイナリストの中から日本代表が選出され、80カ国の代表者が競う世界大会へと進んでいく権威ある大会だ。

ファイナリストの方々は、3月1日日本代表選考日までの2週間を、東京椿山荘での「ビューティキャンプ」に全員が参加する。各界から講師を招いて、外見の美しさだけでなく、「知性」や「物腰」「自己表現」などの様々なレッスンを受け、自分の将来も見据えた「女性を磨く」期間となる。

そんな「ビューティキャンプ」の折り返しの24日、友人の谷口氏のご縁で今年もキャンプ講師として椿山荘にお邪魔した。46名の代表者が学校形式で並んだ部屋は、抜群のスタイルと美しい笑顔に溢れ、会場内は独特の雰囲気に包まれていた。
私と同行したフュージョンアナリティクスの平岡さんは、明らかに緊張しているようで、彼の鼓動が聞こえてきそうだった。当然、私も場違いなところに迷い込んだような戸惑いは隠せなかったが、たまたま前の会社が、圧倒的な女性パワーで成り立つ会社だったので、若干懐かしさも感じた。



講演は、以前ブログで紹介したことがある「ザイアンスの法則」から話を始めた。突然の田邊をみて胡散臭さを払拭して、好印象から好感まで高めて、私の話を「聞く耳」を持って頂く為である。
未だ「人は身なりや印象で判断する」は世の常で、やはり我々は今までの物差しで、好き嫌いを判断してしまうもの。良くないとわかっていても「あの人とは合わない」とか「あの人、苦手」と決めてしまう傾向がある。

ところが、自分が意識して相手を自己開示させながら接していくと、知らなかった相手への理解度が増す分、自然と好感を持ち始めるという法則である。苦手と思う方を思い浮かべるよく分かる。その方の人間的側面を全く知らない場合が多い筈だ。

次は、対人関係のアドバイスである。コミュニケーションには、ちょっとしたコツを知り実践するだけで、随分とお互いの印象や好感度を変えることが出来る。人が意識する行動と、無意識での行動を理解すれば、話し方、目線、物腰、傾聴のうなづき、などひと工夫すると、相手の反応を変え、好感度が深まりコミュニケーション力は大きく変わる。
具体的に興味のある方は、以前のブログを是非お読みいただくことをお勧めする。

今回の彼女たちも、真剣な眼差しで瞳孔を開いて受講いただき、こちらが恐縮するほどであった。まさに話し手の心をくすぐる「積極的傾聴」の実践を見る思いであった。
最後に、野口雨情の「シャボン玉」を合唱し、創り手の想いを知ることで、今までの価値観や概念を捨て、本質を見据えた深い概念と価値観を築こう、といった主旨もお伝えでき嬉しい限りだ。

本当の美しさ

彼女たちは、誰もが羨む「美しさ」を既にもっている。しかし、本当に美しい人とは、他人の美しさに気付ける感性と、素直にそれを認められる度量をお持ちの方である。勿論、コンテストだから自己アピールの主張は大切だし、グローバル社会では肝要な要素である。
しかし、これからの長い人生、「私が、私が」の「我」を忘れ、「無我」に近づき、他人の痛みを知りながら、目指す自分の「夢」に向かってひたすら歩み、夢の「中」に入ることが、最も大切だ。
これが「無我夢中」の姿である。まだまだ私もたどり着けない境地であるが、見返りを求めず、ひたすら努力を重ねる「無我夢中」の姿は、誰が見ても魅力的であり、思わず見習ってしまいたくなる。46名の無我夢中の努力と姿勢が、日本代表選考会だけでなく、これからの人生の根っこになれば素晴らしいことである。

日本代表は一人だけである。言い換えればあとの45人は、優勝者にエールを送り、世界舞台の夢を託すわけだ。「悔やしさ」は次なる挑戦のバネとして大いに悔しがり、これからの課題と対策を考えることだ。しかしそれ以上に得たものが、地方大会からこのキャンプまでにある筈だ。多くの方々の応援と温かい言葉、隣人の気遣いなど、全てがあなたの財産である。
まさに「出会いは人生の宝」を実感して欲しい。

昨年のビューティキャンプでの講演後、記念撮影で隣に座ってくれた長崎代表の宮本エリアナさんを思い出す。彼女は見事日本代表に選ばれた。98%が同民族の日本で、アフリカ系米国人を父に持ち、差別や偏見やいじめを跳ね除け、日本をこよなく愛する彼女は、見事に世界にその存在をアピールした。



2016の日本代表になられた滋賀代表の中沢沙理さん、切磋琢磨した仲間の想いと、今までの方々への感謝を背負って、悔いのない自分らしい世界大会を、思い切り楽しんで欲しい。
結果より、「無我夢中の健闘」を、心より祈念している。

「信念」と「無我夢中」。ミス・ユニバース・ジャパンの皆様に、私自身が教えられた日であった。


田辺 志保
http://missuniversejapan.com/e20160/




http://missuniversejapan.com/x/bc/

ザイアンスの法則

2016年1月22日金曜日

夢を諦めるな!

今年はリオでオリンピックが開催されるので、4年後の日本・東京開催は目の前である。
準備も大変だが、開催国としてメダルの獲得必須種目の関係者には相当なプレッシャーである。

この春で中3になる息子は、小学校の卒業文集に「柔道で東京オリンピックを目指す」と書いた。
始めて1年足らずで、随分と無謀な夢を掲げたものだが、本人はひたすら練習に明け暮れている。
親としては、怪我でもした時の心配から「文武両道」を唱え、進学など将来的に潰しの効く道を考えるが、息子は全く意に介さない。

友人の息子さんに、ジュニア日本代表からサッカー選手を目指し、大学でもサッカーに取り組んでいる好青年がいる。彼は昨年、半月板損傷の大手術をして、ほぼ1年間を棒に振る事になった。
友人は、親として「将来のことも考えて、勉強と就職活動、それから人脈作りも大切に」とアドバイスしたらしい。息子さんは「あと1年、頑張らせてくれ」と頭を下げたとのこと。
小・中・高時代は、息子を見守り応援してきたが、大学生ともなると、夢だけでは飯は食えない、という自覚も必要、とつくづく友人から教えられ、私も早々息子に伝えることにした。

その日、道場から戻った息子に、とうとうと、その話をした。じっと耳を傾けていた息子が一言。

「よくわかったよ。結局、夢は諦めるな、ということだね」
「・・・。いやいや違う、夢は大切だが他の道も考えて、今は勉強もしろ、ということだ」
「でも、お父さんの友達の息子さんは、もう1年頑張るんだよね」
「・・・」。

どうしたものか、と困ってしまった。翌朝、友人にラインで報告すると、暫くして返信があった。
何と、日本ジュニア代表でのフランス大会のメダルの表・裏の写真が添付されてきた。
何も書かれていない返信だけに、気持ちが伝わる。


やはり、夢はあきらめられない

『今はとことん努力し、這い上がってでもやり切れ』なのだ。息子は、メダルを見て目を輝かせていた。「やらずに諦める後悔」より、たとえ夢には届かなくても「やりきったことへの満足」のほうが、重いんだろうな。友人もきっと子どもが完全燃焼するまで見守るのだな、と納得した。

そんな息子たちの練習は、当然きつい。部活以外にも須賀道場で夜遅くまで練習である。道場が休みの土日は、部活と塩浜の市川柔道教室にも通う。周りの先生たちの卓越したご指導と練習量のお陰で、息子たちはみるみる強くなった。


昨年秋の千葉県新人戦では、市川七中が男女とも優勝。個人戦でもレギュラーは各階級トップクラスである。息子も81キロ級で優勝でき、千葉県中学強化選手に全員が選ばれた。これで強化練習もプラスされたので、柔道漬けの毎日になってきた。



千葉県の強化スケジュールは、秋から半年間続く。熱心な強化担当の先生たちのご尽力で、地元の大学・高校も協力してくれ一体となって練習して頂ける。
先日の3連休も強化合宿があり、食事と風呂の時間まで惜しんでの練習メニューに、戻ってきた息子たちは「暫く柔道は見るのも嫌だ」と言ったきり、死んだように爆睡していた。
先生たちは、ついてこなければ、いつでも辞めて構わない。強制でもお願いでもありませんから、とはっきりしている。爆睡から目覚めた息子は宿題もやらず「柔道ノート」をつけていた。喜ぶべきか悲しむべきか複雑だが、正直ここまで突き抜けると呆れて文句も言えなくなる。

そんな最中、昨年暮れに千葉県団体戦優勝校として、念願の「サニックス旗福岡国際中学生柔道大会」に出場してきた。こんな機会はもうない。レギュラーの家族と須賀道場の岩崎先生も応援団で福岡に出向き、正月前の大旅行となってしまった。世界11カ国の柔道中学生が参加する大会で、ロシア、韓国の選手の体格と強さには驚いた。対戦はなかったが、翌日の練習試合は世界柔道を体感できる良い機会であった。

試合結果のほうは、1回戦目は5-0で圧勝したが、2回戦が昨年優勝校の愛知・大成中に2ー3で敗れ、残念ながらそこで終わった。因みに決勝戦は、東京の国士舘中対福岡の大蔵中で、1-1で代表戦にもつれ込み、延長時間無制限の壮絶な戦いの末、国士舘が優勝した。精魂尽き果てた代表選手2人に、場内惜しみない拍手が鳴り止まなかった。



やはり全国の強豪校を見ると、「上には上がいる」と実感する。所詮、今は千葉の大将なのだ。
「全国から選手を集める私学と違い、公立の市川七中さんは、仕方ないですよ」と慰めてくれる方もいるが、勝敗にはなんの関係もない。ましてそれを理由に「仕方ない」と他責にしても解決はしない。課題と対策は、自責からしか生まれない。体格、経験、組手のさばき、技のキレ、練習量など、どれをとってもやるべき対策は山積みだ。先生たちは全国中学大会を睨んで、練習を組み立ててくださるが、何より本人が自分の課題を腹に落とし、考え、工夫して自ら克服するしかないのだ。

練習は嘘をつかない

今は、息子が柔道をやってよかったとつくづく思う。小学校で浦安柔道協会で素晴らしい先生に出会い、中学で熱心な顧問先生のいる市川七中柔道部に席を置き、名門須賀道場の門下生となり、その御縁で市川柔道協会の先生たちとも巡り会えた。
柔道の王道を貫く、名だたる指導者に囲まれている奇跡的な出会いに感謝してもしきれない。
中には「強けりゃいいんだ」とばかりに、試合態度も無作法で、挑発や頭突きまがいの試合をする子どももいる。しかし、うちの先生たちは絶対に許さない。
やはり、少年柔道の原点になる教えは「礼儀は僕らの得意技!」なのだ。

当り前のこととして、親と先生と先輩を敬い礼を尽くす。そして夢に向かってひたすら練習に励む。
息子は「大外狩りの打ち込みを1万回やったけど、5000回から変わり始め、1万回で少し分かった気がする」と言っていた。傍観者から見れば凄い練習だと思うが、平然と練習させる先生と、実行する子どもには、それが当然なのである。


「かけた情けは水に流せ。受けた恩義は石に刻め」 須賀先生と岩崎先生の人生訓


「諦めず 気が遠くなるまで 繰り返す」 立花克彦先生の人生訓

「百折不撓」 廣田先生、増田先生から頂いた道着の刺繍





先生から頂戴した言葉も、練習道着も、日々のご指導も、全てに恩師の想いがこもっている。

4年後に、東京オリンピックはやってくる。限られた時間だけに、ただ、ひたすら夢を諦めずやりきって欲しい。挫折しても這い上がれ。よしんば夢敗れてもいいじゃないか。
それ以後も人生は長い。そのためには「やり切る気持ちと諦めない心」を、今こそ養うのだ。

還暦オヤジも、全ての方も、今からでも遅くない、と元気が出てくる。
誰にでも「やる気」と「元気」と「根気」は、まだまだ育つものだから。


知識融合化法認定法人フュージョン株式会社
 東京オフィス長 田辺志保