2014年2月25日火曜日

息子の柔道から「師弟愛」を考える。(前編)

息子のおかげですっかり柔道通!?

昨年、息子が柔道に取り組んでいることを紹介させていただいた。すると、一心に柔道に励む息子と、指導くださる先生たちの姿勢、やり取りに胸が高鳴ったとか、「息子さん、どうなっている?」と尋ねられることがたびたびある。

息子は相変わらず「柔道一直線」。毎日、練習後には道場の隅で、突き上げ(脚を開いて体全体で行う腕立て伏せ)をもくもくとやり続けている。この春中学生になり、絞め技や、体重別など小学生とは異なる「柔道」に突入するので、尚更練習に熱が入るだろう。

私は、勉強せずに鍛練する息子を「脳みそまで筋肉になっている」と心配しつつ、文武両道を願うが欲ばりだろうか……。


柔道はボクシング、レスリングなどと同様、体重別で競い合う。体重無差別には、日本古来の「相撲」がある。
全日本柔道連盟主催「全日本体重別選手権大会」では、男子は60・66・73・81・90・100・100㎏超級の7階級に分かれ、女子は48㎏から78㎏超級までやはり7階級に分かれている。
これは高校生以上から成人まで共通している。
「全国中学生柔道大会」では、上記以外に男子50・55㎏、女子40・44㎏が加わり、上限は90㎏超級、女子70㎏超級までとなる。勿論、どちらにも体重無差別の試合や団体戦などもあり、体重差を乗り越えて技が決まる柔道も魅力的である。

小学生での全国規模の学年別体重別大会は、軽量と重量の2種類しかなく、6年生の場合、男子は50㎏と50㎏超級、女子は45㎏と45㎏超級に分かれている。昨秋、体重60㎏の息子は千葉県小学6年生個人戦では50㎏超級・重量級に出場し、準決勝で千葉チャンピオンになった85㎏の選手に敗退した。その選手が出場した全国大会には100㎏級の小学生も少なくない。小学生では「身軽な巨体」は断然有利である。
軽量級は動きが早く「俊敏性」を要求されるが、重量級は体重以外に「パワー」を求められるようだ。本格的な「筋トレ」は身長が伸びる時期にはお勧めしないが、練習で汗をかき脂肪を筋肉に変えながらの「食いトレ」で体重を増やすことは欠かせない。

体重無差別の代表格「相撲」ではまさに瞬時のパワーが要求される。昨年、息子は東京青年会議所主催の「わんぱく相撲」に出場の機会を得て、千葉県場所で選抜され、両国で行われた「わんぱく相撲全国大会」に出場した。そこで、圧倒的なパワーをそなえた「身軽な巨体」の前に弾き飛ばされた。


その時に知り合い、友だちになった5年生男子が、千葉選抜として国技館で開催された「天皇杯第62回全日本相撲選手権大会」に出場したので、観戦・応援に出かけた。彼は3回戦で惜しくも敗れたが、同じ千葉県代表の選手が、小学6年生部門で全国優勝した。
その小学6年生は完全なアスリート体型で、並み居る巨漢を破っての優勝だった。驚いた!
一概に言えないが、やはり「相撲界」も外国人力士に限らず、あんこ体型からアスリート体型へと移行しているように思える。「押しのパワー」の相撲と「引きのパワー」の柔道に少し違いはあるが、いずれにせよ、技量だけでなくパワーアップの筋肉量は絶対条件であろう。

エコの時代、燃費がよい車はありがたいが、柔道などでは燃費効率が悪い体づくりの方がよいようだ。筋肉量の比重が高くなると、同じ運動でも消費エネルギーが増えるので太りにくくなる。息子は現在、並みの大人の2人分は食べるが、体重は67㎏から増えていかない。消費エネルギーが多いからだ。

正月太りの私には羨ましい限りである。年齢を重ねるごとに基礎代謝量が減るので、私はこれから本格的にアスリート体型を目指すか、さもなければ食事の摂取エネルギーを抑えることしか手がない。

今、我が家は「体づくりの栄養学」

私は6年ほど前に入院し、それをきっかけに体重を20㎏ほど落とした。その際、適正な摂取エネルギーを炭水化物(糖質)・たんぱく質・脂質に分類しながらエネルギー計算ができるまで勉強させられた。その成果を少しご披露しようと思う。

我が家の長女は、テニス部に所属しているので、子どもたちは大変な食欲である。
筋肉づくりに欠かせない良質なたんぱく質には鶏肉(むね肉)が適しているので、「鶏の唐揚げ」は子どものおやつ代わり。私は匂いだけで我慢である。
我が家では子どもが小さい時は、私中心の「減量のための栄養学」が主流だったが、今は子どもたちの「体づくりの栄養学」が中心だ。
今の私では30分自転車を漕いでも80kcalほどの消費しかできないので、それ以上の過激な運動を躊躇する私は、摂取エネルギーを制限するしかない。ちなみに80kcalは6枚切り食パン1/2枚ほどに相当する。

身長が伸び盛りの時期は、魚、牛乳などカルシウム摂取が大切だが、実はマグネシウムとの相互摂取で、カルシウムの骨への吸収率が増えるといわれている。
栄養学の本にあったのだが、ほとんど牛乳を飲まない熟年の日本の女性たちに、骨密度が高く骨折しにくい人がいて、その原因を調べたら、カルシウムの体内吸収で最も有効な「カルシウムとマグネシウム」の含有量が黄金比率で含まれている食品を頻繁に食べていたという事を発見した。その食品は「ひじき」であった、という話がある。
そう、「ひじきの煮物」は大変な優れものである。牛乳の嫌いな方、心配することなかれ、「ひじきの煮物」をひたすら食べることである。

ちなみに我が家では「ひじき」以外に、1ℓ紙パック牛乳6本が毎週消費されている。
結果、息子は柔道を始めてからの1年半で、身長が14㎝、体重が17㎏増えた。

柔道から話が逸れたようだが、これも柔道から始まった「子どもの体づくり」で学んだことである。

技術面、精神面、忍耐力を総合的に支える師弟愛

息子の柔道は、中学では、学年関係なく体重別階級に細分化されるので、個人戦では今までの対戦相手とは全く異なるのである。
先生たちとも話しているのは、息子が中学入学のころは「73㎏級」になると予想して、ここには「73㎏」の階級の中学3年生までが対戦相手になる。
併せ、今回改正される「柔道審判ルール」は、しっかり組んでの試合運びを要求されるようで、今まで以上に「組手」「技」「動き」「試合運び」に磨きをかけるしかない。


前回紹介した、廣田先生と増田先生は「息子の中学柔道」への対策に余念がない。
大外刈りへの連続技以外に、払い腰、内股に磨きをかけ、中学生になれば担ぎ技を教えたいと話してくれた。自分の不得意分野は他の先生にお願いするつもりだ、と仰っていた。
まず自分の培ってきた柔道を、打ち込みや乱取りで自らが相手になり体感で伝えていく。やがて中学生の息子の相手がしんどくなると、次は多くの試合経験で学んだ試合の流れや心構えを教えていきたいと話していた。

「今後中学生になれば、技の理論・研究は、多くの先生たちが指導するでしょう。しかし自分たちが経験した試合経験のコツは、勇斗が高校生になるまでは教えることが出来ると思うのです」
練習後、真剣な顔でそういわれた時、これがまさに「師弟愛」なのかと感激してしまった。

「先生と生徒」という無作為の関係と異なる「師と弟子」は、お互いを選ぶことができ、且つその関係は、全身全霊で伝え学ぶことにある、と言われる。
無我夢中で取り組む自分の愛弟子に、どう対峙していくかを考え抜く。そして師は「自分を超えさせる」ことを目的にする。弟子は「師を超える」ことなのだ。

昨年来、取りざたされている暴力は論外だが、一連の全日本柔道連盟の報道だけで反応し、実態を知ることなく、学校の柔道部や町の柔道場に通うことを止めさせたり、加入を躊躇する親御さんがいると聞く。
そういう方々には、鍛練の末の強さをおごらずに熟成することを目指している、「真の師弟愛」の関係で、僅かな月謝で指導くださる「町の柔道場」の先生や、学校の柔道部顧問の方がいることを知ってほしいと思う。


息子は、今日も突き上げを、歯を食いしばってやっている。

「青は藍より出でて藍より青し」のことわざが、自然と浮かんできた。
師弟愛を見守る親としては、いつか「師を超える」ことを願うだけである。
                                
田辺 志保

2014年2月4日火曜日

限りある時間を精一杯生きる。

2014年度は、消費税率アップにともなう経済環境の変化が予想され、我々にとっても正念場の年になるとの覚悟をしている。今更多くは語らないが、お客様の笑顔を取り戻すために全社一丸となるのは必定である。私事ながら、我が会社人生もわずかになり、その限りある時間を精一杯過ごしていきたい。

人生は長いようで短い。子どもの時代、学生時代、会社員時代、そして退職後の人生(老後)。我が人生を振り返れば、過ぎ去った時代、多少なりとも「無我夢中」で過ごしてきたと思うが、これからは今まで以上に悔いなく生きたいと思う。

限りある生命を精一杯生き抜いた山本多恵子さんを想う

昨年暮れ、机の中を整理していたら、懐かしい一冊の本が出てきた。15年ほど前になるが、私が静岡地区の責任者の時に出合った本で、今一度読み返して「限りある時間を精一杯生きる」ことの大切さを再度思い知らされた。
時を経たが「今でしょ」と思い、限りある命の中で、周囲の人々に夢と希望を与え、多くのことを教えてくださった一人の女性を紹介したい。

静岡県沼津エリア、伊豆・松崎で化粧品と文房具を扱う「有限会社 サカンヤ」の奥様、山本多恵子さん。当時は当社の化粧品のお取引先様で、ご主人と奥様、従業員さんで、頑張っていただいて大変お世話になった。今も文房具、雑貨、ギフトを中心にご商売をされている素敵なお店だ。

多恵子さんは白血病と闘い続け、平成12116日、入院先の病院で息を引き取った。享年44。何とも若く、心が痛んだ。
後になって全貌を知ったが、多恵子さんが発病して入院したのは、長男・幸之助さん3歳、長女・有加理さん2歳だったという。
多恵子さんは、子どもたちが寂しくないようにと、文と絵で自らの思いを「おかあさんのゆめ」という絵本にしたためた。
全くの手作りゆえ、店頭に並んでいる絵本とは違うが、作り手の心が伝わる、心あたたまる絵本になっている。

多恵子さんは入退院を繰り返し、15年に及び病魔と闘った。その間、絵手紙をつくり子どもたちと交流をし、友人・知人等多くの方にも絵手紙をたくさん送った。

多恵子さん亡き後、長女の有加理さんがお母さんの描いた絵手紙を、「おかあさんのゆめ」という一冊の本に纏め上げた。限りある生命の尊さと、母親の深い愛情、自然界の全てに対する万物への愛情に溢れた、胸がキュンと締めつけられるような、涙腺が緩んでしまう遺作集だ。
有加理さんは当時17歳、「おかあさんのゆめ」のごあいさつに感動してしまう。


先日、このお話を紹介したいと「サカンヤ」山本さんに連絡すると、気持ちよく快諾くださり、加えてみなさんお元気そうで、嬉しかった。

こうした生き方をされた方がいたという事実を一人でも多くの方に知ってもらいたいと思うとともに、明るく元気で毎日を過ごせることを感謝し、「一日一日を大切に送る大切さ」を学びとりたい、心にとどめていただけたらと思う。

限られた時間を人生の最高の思い出に変える

アメリカに、プリズン(刑務所)から派生した「プリゾニゼーション(Prisonization)」という言葉がある。もともとは刑務所文化と社会生活を受け入れる処理を指すが、そのプロセスから、囚人の“刑務所ボケ”という概念も生まれた。俗に大企業病ともいわれている。これは私たちの心の在り方を問う言葉でもあると思う。

服役中、精神科医の診断を継続的に受けるそうで、そこで一つの法則のような現象が出てくる。無期懲役囚は、以前がどんなに個性的で特異な犯罪者でも、数か月もすると殆どが没個性の無気力な反応しかしない人間へと変化し、死刑囚は益々個性的に精力的に、いきいきとした反応を示すというのだ。

無期懲役囚はただ、意味もなく変化もなく毎日を生きていることで、やがてその日の食事と看守の顔色を伺うことにしか関心を持たなくなるとされるのに対し、死刑囚は刑の執行日を知らされることがなく、「今日一日が無事に過ぎても明日、実行されるかもしれない」と毎日思うわけで、必然的に無事である「今日」という日を大切にし、完全燃焼する覚悟で望むことで、自分の能力を100%以上発揮するようになってくるという。死刑囚が素晴らしい芸術作品や書物を生み出したりすることが分るような気がする。

プリゾニゼーションとは、まるで無期懲役囚のような生き様になった人のことを指す。
サラリーマンならば給料明細と上司の顔色にしか関心がない、学生ならば変化を恐れ、自身の周囲だけの狭い世界の中での反応だけに関心を示す、そうした状態などを「プリゾニゼーション化されている」と言う。

高度成長の時代からサラリーマンに「大企業病」は蔓延し、可もなく不可もなく過ごし、終身雇用の波に乗っていれば何とかなる、という時代もあった。今は、終身雇用の概念も大分変化したが、自分で決めない「右へならえ精神」「事なかれ主義」は未だ健在だ。
これは、違った形でのプリゾ二ゼーション化かもしれない。仕組みが出来上がった大きな組織の中では、個人の意思や裁量が埋没すると勝手に決めつけるからだ。

そうならないために私たちは、それぞれの仕事や行動に期限をつけ、又は自分の夢や目標の達成に期間を設け、大きな夢もささやかな夢も、それを成就させる日を設けて行動する。
夢の中に入り「夢中」になることで、自分自身をプリゾ二ゼーション化しないようにする。そして、それぞれのやるべき事を、限りある時間の中で、決して後悔などせぬように一日一日を生きることだと思う。

生きているとは「生まれ出た瞬間」から「死ぬ」までの時間、つまり限りある時間とは限りある命のことである。その時間をどう過ごすか……。


一度しかない「命」の時間。「無我夢中」で全うしたいと思う。

田辺 志保