2015年12月14日月曜日

2015年を振り返ると。

2015年もあと僅かとなり、自戒を込めてこの1年で感じたこと、決意したことを棚卸ししてみたい。

当社の社長、佐々木が今年の紅白歌合戦会場客に応募したが、残念ながら1,000名枠から漏れたらしい。100万人強という応募人数のNHKも凄いが、抽選漏れの心遣いの返信DMを分析して、市場まで考察する感覚と、何より大晦日に渋谷公会堂に行こうとする社長はもっと凄い。

他にも年の瀬の出来事として「今年の10大ニュース」や「流行語大賞」の話が出てくると「もう今年も終わりか、早いものだな」と皆さん口にすると思う。昨年まで私もそう思ったが、今年は少し違う。

田辺の2015年は例年と違い、長く感じる1年だった。以前語ったことがある「ジャネーの法則」。
生涯で、ある時季の時間の心理的長さを論じた法則だが、長さの感じ方は年齢に反比例するらしい。つまり5才の子どもの1年は、人生の5分の1に相当するので、経験が浅く日々の出来事が新鮮である分、時の経つのが遅く感じる。逆に歳を重ねると、過去の経験が多い分だけ「こんなものだな」と判断してしまい、流していくので時の経つのが早く感じるのだ。
つまり「こなしの時間」が「あっという間」の感覚に繋がるのだ。
しかし私の場合、この春カネボウを引退し、6月からフュージョン(株)の新入社員となった。
毎日が好奇心旺盛に、濃密な時間を過ごせているので、昨年と違い長い時間を感じている訳だ。

先日出かけたカネボウOB会で、75才を迎えた先輩が中締め挨拶で、我々の世代に必要なことは、「きょういく」と「きょうよう」です、と言っていた。よく聞くと、何と「教育」と「教養」ではなく「今日行くところがある」と「今日用事がある」の意味であった。・・そうなんだ、と唸ってしまった。
今、こうして毎日忙しく動き回れることが幸せであり、出来れば生涯現役を目指したいものである。

人生時計

人生を1日24時間に例えると、あなたは今何時?という「人生時計」があるのをご存知だろうか。
自分の生年月から、現在の自分が1日の何時に相当するか、というお遊びだが、これが結構考えさせられてしまう。
因みに私の場合、1955年4月生まれは「午後6時13分」らしい。一般的には仕事が一段落し、もう一仕事するか家に帰るか、飲み会かといったところである。その後も家に帰り風呂に入り、寝る前に趣味の時間も過ごしたい、という微妙な時間である。
中学2年の息子は「午前5時前」で高校3年の娘が、やっと「午前5時01分」。2人共もうすぐ起床時間で「今日も1日頑張るぞ」と元気に飛び起き、限りない可能性に向かって始動開始の時間だ。
思わず「これから始まるのだ、失敗など恐れるな」と子どもたちに叫びたくなる。
45才の家内は「午後12時33分」。午後に向けてもう一仕事するか、新しい夢に向かって挑戦もできる、といった変化を求める時間だろうか。



午後6時13分の私は、フュージョン(株)で新しい仕事に挑戦しているので、まだまだ家路につくには早すぎる。先日も、お取引先様から会社のコーポレートサイトとEC構築のお話を頂戴した。先方様の会社方針、沿革、事業紹介、採用案内などECサイトなど幅広いお手伝いにワクワクしている。現在、スタッフと先方様とで進めているが、学ぶことだらけで新鮮な毎日である。

もっと新鮮なのは、フュージョン仲間の社員が、1980年代から90年代生まれの方々である。彼らの人生時計は「午前10,時前」で、驚くほど早い時間だ。午前中の仕事の仕上げと、午後に向けて「やること」も「学ぶこと」も「楽しむこと」も山積みで「てんやわんや」だが、それは無限の可能性への挑戦があるということだ。今以上に臆することなく躊躇うことなく、大暴れして欲しい。


当たり前だが、この世の中、誰にでも1日24時間と決まっている。
目覚めて、活動し、何かをなして、何かを掴んで、積み上げる。そして伝承していく。そして、気がついて夕暮れ過ぎて暗くなったら、我が家に戻り、ほっと一息。
少しの満足と安堵を枕にして、眠りにつくのだ。

その時は、大好きな「坂村真民」の言葉を噛みしめたい。

         花は一瞬にして 咲くのではない。

         大地から 芽から出て 葉をつくり、

         葉を繁らせ 成長して つぼみをつくり

         花を咲かせ 実をつくっていく。

         花は位一瞬にして 咲くのではない。

         花は一筋に 咲くのだ。

過ぐる2015年を振り返り、改めて皆様に感謝申し上げ、来る2016年への期待で胸が膨らむ。
皆様の人生時計が、これからの希望に満ちていることを心より祈念しております。


知識融合化法認定法人フュージョン株式会社
 東京オフィス長 田辺志保